Atelier Nature 

~The treasure box of my heart~


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25年

  1. 2012/08/12(日) 07:01:53|
  2. Natural Heart
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今日は 父の命日。

あっという間にこんなに時間が流れてしまった。

父が居なくなったとき、私はまだ大学生だった。

4人家族の輪がちぎれてしまった時は本当に

悲しい、寂しい・・・そんな表現では到底あらわすことができなかった。


仕事柄、転勤の多かった家は、いつも父に付いて行った。

私は小学校を3回変わったし、姉にいたっては高校を変わっている。

それでも家族でいることを選んでいた。

私が大学生、姉が社会人になった時に初めて父は単身赴任をした。

単身赴任先の松本とここを母はいつも行ったりきたりしていた。

そこで体調を崩し、入院した。

すぐに退院すると思っていた。 すぐに元気になると思っていた。



私と姉が父の余命を知らされたのは

亡くなる2日前、8月10日だった。

絶対に奇跡が起こると信じていた母が私たちに話さずにいたところ、

主治医の先生に「お嬢さんたちにもお話しましょう」と見かねて言われたのだ。

先生の話を聞く前に、母と叔母に病院の屋上に呼び出された。

ハンマーで殴られたのかと思うほどの衝撃を受け、

覚えているのは屋上のコンクリートの照り返しがきつく

銀色にひかり、周りが全て真っ白になった情景だけ。


大学を卒業した時も、社会人になった時も

結婚した時も、子供が生まれた時も、父はそばにいなかった。

父に報告するのはいつも手を合わせてだった。

と言っても手をあわせるようになれたのはずっと後のこと。

手を合わせるということができなかった。父が居ないことを認めるのが

嫌だったから。  怖かったから。


父が亡くなった年の大晦日、

父と一緒にいたその年が変わってしまうことがつらかった。

私の夢に出てくる父はいつも笑ってはいるけど

苦しそうだった。言葉を発することはなかったけど

本当は苦しいのに笑って座っていることが多かった。

それが年月を重ね、立っている父が夢に出てくるようになった。


松本に行くのに「あずさ」に乗っていた。

しばらくは「あずさ」を見ても「松本」という文字をみても

息を呑んだ。心臓がどきどきした。


不思議なことに気がついた。

私が悩んだり、迷っている時に必ずと言っていいほど「あずさ」を見かける。

そうか・・・。父がエールを送っているのかもしれない

       父が背中を押してくれているのかもしれない
 
       父が迷わず進めと言っているのかもしれない

そんなふうに思うようになった。

だから

なにか悩んだり迷った時は

  もし、「あずさ」を見かけたらやってみよう・・・そんな考えに変わった。

単純だなあ・・・私。


下の息子が言った。

「絶対にマリィとあってると思うー。」

そうだね、娘が大事にしていたマリィだからね。

父とマリィが笑ってこちらを見ている様子を想像したらきゅんっとした。





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