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Atelier Nature 

~The treasure box of my heart~


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with Mairi

  1. 2012/07/09(月) 00:10:45|
  2. Angel
   ひとつだけ、やってみてはどうか・・と言う治療法があります。

主治医の先生が提案してくれたのは

「免疫細胞療法」 というものでした。

マリィの血液を採取し、白血球の中のリンパ球を培養し、再度体内に戻す・・・

という治療法です。

IMG_1166_convert_20120706122707.jpg

実際、その療法で余命3週間だった子が3ヶ月頑張れた・・という

例があったそうです。

ただ、それがマリィに当てはまるかどうかはわからないし、

また、症例も少ないので、思ったとおりの結果が得られるかどうかは不明だし、

費用もそれなりにかかる・・・。

強制するつもりは全くないので、家族でじっくり話しをしてほしい・・・

そういわれました。

マリィに負担は全くないとの説明でしたが

正直、どうしていいのかとてもとても悩みました。

その治療をすることが正解とも不正解ともわからない状態。

IMG_1137_convert_20120708012026.jpg

できる限りのことはしてあげたい・・・

あの時やってあげればよかった・・・と後悔だけはしたくない・・

そう思いました。

主人も私の意見に賛成でしたし、息子たちもやれる治療があるのに、やらないなんて

そんな選択肢はない、そう言ってくれました。

心配して毎日


マリィちゃんはどうお?  と電話をかけてくる母にもそのことを伝えました。


  私、何もしてあげられないから・・・その治療費、私に負担させてくれないかな・・・

  きっとパパが生きていてもそうすると思うの。

  パパと私から・・・


そんな風に母が申し出てくれました。

いつも、母に負担をかけることはできる限り避け、

「この子は本当に甘えない子・・・」とまで言わせていた私ですが、

母の気持ちをありがたく受け取ることにしました。

IMG_1138_convert_20120706122502.jpg

無類の動物好きだった父。

いつもきっとマリィが心配で家の中をうろちょろしているだろうと思っていました。

生きていたら、毎日この子達に会いにくるだろうな・・・とも。


私が高校生だった時、眼も開かない子猫が捨てられていました。

住宅環境が許されないこと、実は母があまり得意ではないこと、

いつも拾ってきては母に叱られる・・を繰り返していた私は

それを承知で連れ帰りました。  ・・・・・もちろん、有無を言わさずダメ。

引き下がらなかった私はせめて、眼が開くまで・・と懇願しました。

母はOKしませんでしたが、父がその願いを聞いてくれました。

すぐに動物病院に連れて行き、子猫用のミルクを用意し、

母猫が舐めて排尿を促すように、私は母猫になりきってやってあげられることを

していたつもりでした。

何日か元気に泣いていましたが、ある日学校から帰宅すると

子猫は虹の橋を渡っていました。

私は何もしてやれなかった。

そばにいてやれなかった。

号泣する私に父が言いました。


この子はね、お前の手を ああ あったかい手だなーって思ってたはずだよ

あったかい手に抱っこされてよかったなーって。


そんな風に慰めてくれる父でした。

父との大切な思い出です。

この父の血をついでしまったんだな、私。

IMG_1163_convert_20120708011313.jpg

ね・・・。マリィ。

ジョンの病気を教えてくれた父だもの。きっとマリィも守ってくれてるよ。

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